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te_ri『kasugai low gravity』オフィシャル・インタビューの第2回、中編ではアルバムについてがっつり語ります。実際に使用した楽譜も参照しながらのバグ作曲法解説の実践編、そして村上が近年大きな熱意をもって取り組んでいるミャンマー音楽の影響について。(文・構成:大久保潤)
■新作『kasugai low gravity』のレコーディング
– じゃあそろそろその新譜の話をうかがっていこうと思います。今回録音は岡山で、レコーディングとミックスが岡茂毅さんという方ですが、これは岡山で活動されているミュージシャンの方なんですよね。
M: 岡山でケッチっていうバンドをされてる方です。
– 楽譜やmidiデータをやりとりして曲を固めておいて、実際に録音する時には岡山に行って録ったという流れですよね。作曲の過程では、ファイルのやり取りであれば距離は関係なさそうな気もするんですけど、実際に物理的な距離があることで過去の作品と違ったところはありますか。
M:えーと、単純に距離が離れているので、録音のために岡山に行くというのが大変でしたね(笑)。しかも2回行きましたから。
– それはそうですね(笑)。昔のライブの印象と比べると、それに前作と比べても、以前はもっと速くてカクカクしてたイメージがあったんです。急なテンポチェンジとかはそんなにないんだけど展開は結構多い、というのが今作の特徴かなと思いました。そのあたり、意図したものとかはありますか?
M:ああー、確かにおっしゃる通りですね。前作と比べて今作は車のギアを1段階下げたような感じがあります。ゆったり感の比率は上がりましたね。
K:そうですね。
M:作曲ソフトを使い出したのは、前作に収録された曲の後半くらいからだったんです。だから前作は、手書き楽譜が半分、パソコンで初めて作った曲が半分くらいの過渡期でした。パソコンを使い始めたばかりだったので、バグもまだそんなに多用していなくて。割と連符とか、なんというかシンプルな複雑さ止まりだったんですね。
– シンプルな複雑さ、ですか。
M:そんなにむちゃくちゃ奇をてらったリズム的アプローチまではパソコンを使いこなせていなかった。前作がカクカクした色が強かったのはそういう理由ですね。もちろんそういうことを僕がやりたかったというのもあるんですけれども。パソコンのバグがわかってきて、使いこなすことができてきたのが、ちょうど今作に入る曲あたりだったので、バグでどんどん細かいことができてくると、曲自体がカクカクしすぎる嫌いがあったんですね。
– ほう。
M:そこに重きを置きすぎると曲としてヌケが悪くなってしまう。そこでメロディーだったり和音だったりをもうちょっとメロウにすると、バグでリズム的に複雑なアプローチをすることと、うまくその折り合いがつくというか、トータルでいい体裁が整うっていうのはありました。
– 確かに、ジャズっぽいというか、凝ったコードが入ってるなという印象はあります。
M:その点でも、前作より今作の方がメロウ度合いは増してると思いますね。
K:一曲に含まれる情報量の濃さが上がってるので、例えばスピードとかボリュームというのも情報と捉えた時に、その情報はもうそんなに必要なくなってくるというか。それが表現したい部分に対して邪魔というニュアンスもちょっとありました。
– 一見メロウになっているけれども、複雑さは増していると。
K:スピードとヴォリュームは削っても、それがte_riが進みたい場所という認識でしたね。
M:外見はちょっと丸くなってるんですけども、中身はこれまで以上に技巧に技巧を重ねているというか。
– ああー、さらっと聞けるようでやってる方はすごい大変みたいな。
M: そうですね、ブラック企業みたいなものなので(笑)。
– さっきちらっとお話しした最近のジャズの人たちも、一聴するとR&B的にスムースに聞けちゃうようで、実はものすごい技巧を凝らしているというのがあって、偶然ながら共振するものがあるんだなと思いました。
M:へえー、面白いですね。
– あと、村上さんが最近ハマっているものとしてミャンマー音楽というのがありますよね。今作でいうと7曲目の「プエドー」というタイトルはミャンマー語で「お祭り」という意味だそうですが。
M:そうです。これと「1月の熱帯夜」でミャンマーのアプローチを使ってますね。
– ミャンマーのアプローチというのを具体的に教えてほしいんですが。
M:ミャンマー的なフレーズとミャンマー的なリズムの二つを取り入れてます。ミャンマー的なフレーズというのはギターのリフにちょっとインストールしているんですけども、例えば同じ短いフレーズ「ドレミソ」というのを、矢継ぎ早にオクターブ上下させるんです。「ドレミソ」の次に1オクターブ高い「ドレミソ」が出てきて、さらにオクターブ高い「ドレミソ」がでてくるとか。その手法を曲の中で取り入れています。
– ふむふむ。
M:あと別なフレーズの作り方だと、僕はジグザグって呼んでるんですけども、フレーズの根音、ルートを「ド」とすると、「レドミドファドシド」みたいに、ド以外の音はどんどん上下するけども、必ず偶数音目は根音に戻るというのがあります。それで調性を保ってるんだと思うんですが、それも取り入れてみました。
– そのルートじゃない方の音というのは、結構ランダムなんですか。
M:いや、ランダムではないです。けっこう決め打ちですね。そのジグザグを取り入れたやり方としては、ジャズ的な、例えばメジャーセブンス的な和音や音階でそのジグザグをやっています。ミャンマーの技法でも音階自体はジャズのものを使っているので、そうなるとより面白くなりますね。
– ということは、パッと聞いてもミャンマー音楽の要素が取り入れらてるのは、わからなかったりしますよね。
M:うん、そうだと思います。あとミャンマーリズムのアプローチも取り入れています。ギターとドラムで同じフレーズを演奏する時に、片方がちょっとだけズレて、遅れて演奏しているんですね。それってミャンマーの小編成のアンサンブルでもよくやっている技法でして、ちょい後ズラしという。
– エフェクターでやる付点8分ディレイみたいな。
M:あー、そうそう、そうですね。その付点8分みたいなディレイの長さがもうちょっと適当なんですよ、ミャンマーって。加減はその人に任せるみたいな。ちょっと即興性も強いというか。即興性の強いカノン(輪唱)と言ったらいいですかね。これは現地では「ハン」という名前で、伝統的な技法として広まっています。そういうリズムアプローチもこの2曲では取り入れています。
– 片山さんは村上さんからそういうミャンマー音楽を聞かされたりしてますか?
K:はい、聞かされますけど、まだ全く意味がわかってないので。
M:ははは。
K:そこは掘り下げきれていないですね。ただ、本当に今まで聞いてきたアヴァンギャルドとかプログレッシブなものとはぜんぜん違う。国民音楽的なものが、こんなに歪んだ音楽があっていいのかというのは、悔しいというか。まだ僕は掴めてないけど村上くんはちょっとずつ掴めていっているんだろうなあというのは、曲に落とし込んでいるのを見て感じています。また来年もミャンマーに行くらしいんですが、勝手にミャンマー大使みたいになってきているし(笑)。音楽をやるときの熱意と同じくらいの熱量でミャンマーに行っているので、それはすげえなあとしか思ってないですね。
– ミャンマー音楽の技法の分析みたいなのは、音源を聞き込んでやってるんですか? それとも文献なんかも参照しつつ?
M:音を聞くのと、文献と、あとは楽譜のアナライズですね。
– あ、楽譜があるわけですね。
M:ちょいちょいあります。あとは現地に行った時にちょっとプレイヤーにインタビューもできたので。足りてない部分、探り切れていない部分はありますけれども、録音する時点で得ていた情報については、僕なりに突っ込んでます。
– 今後は研究が進むにつれて新たに明らかなった要素を取り入れた曲なんかも出てきますかね。
M:ああ、出てきますね。よりミャンマーの影響を受けて作った2曲は、メロディーラインからしてもアジアの色がちょっと出てると思うんですね。ジャズのりな曲に比べると、5音階とか使ってたり。まだちょっとしかその色は出てないですが、今後はその色合いが強くなるかなとは思います。ただ、そのアジア的なニュアンスをミャンマーに求めるのか、日本らしさに求めるのかというのは、まだちょっとこれからですが。
K:ミャンマーぽい2曲はどこか懐かしい雰囲気があるんです、僕の中でも。僕が知ってる懐メロのどこにも当てはまらないけど(笑)どこか懐かしいような、不思議な感覚はありますね。
– 「1月の熱帯夜」なんかはアルバムの中でも独特のメロウさがありますね、確かに。
M:そう、アジアのメロウというか。この辺は坂本龍一のソロアルバムの影響がありますね。普通に『千のナイフ』聞きましたもん(笑)。あれもメロディはアジアなんですけど和音はフランス近代とかジャズとかなんで。
– ああー、なるほどね。
M:あの辺のミクスチャー度合いは参考にしました。坂本龍一に限らず、YMOとか。
■アルバム全曲解説
– ではアルバム収録曲について一曲ずつお聞きしていきたいと思うんですが。まず一曲目の「魚が増える」から。
M:これだけ3拍子なんです。
K:そう、あとは全部4拍子なんですけど。これ、なんで3拍子にしたんですか? 僕が質問するのもあれなんですけど(笑)。
M:それまでパソコンで作った曲は全部四拍子だったんですね。で、四拍子でできるバグにちょっと飽きたんですよ、僕が。
– はあ。
M:で、三拍子に設定すると一拍少ないという制約によって別なアプローチがパソコン内でできるんじゃないかと思いまして、それで三拍子にしましたね。
K:結構……気まぐれに生まれたんですね(笑)。
– 結果として四拍子にはないバグというのは得られたんですか?
M:うーん、まあそこそこ(笑)。バグがない小節に関して四拍子にはない、たゆたう感じが結果的に出せてよかったなと思います。
K:この曲、本当に短いですよ。他の曲より、より短く感じる。
M:この曲に限らず、この作曲方法で長く曲書いちゃうとプログレになっちゃうので、それはちょっとやめとこうと。
– 一貫して短いですよね、昔から。
M:それは大事にしてますね、やって4分とか。
K:満腹にはさせないですね。
M:どうしても違和感が味のバンドなので、それを長い分数でやると辛いなと。やる方に取っても。だから、一口食べてもらって、すぐお皿を下げるみたいな感じです。それがお互いに優しいんじゃないかと。
– デギュスタシオンみたいな。
M:そうですそうです、おっしゃる通りです。
– 続いて、「1月の熱帯夜」。
M:はい、これはミャンマーのアプローチを取り入れた1曲目です。作曲的には、フェルマータとかリタルダンドがte_riの曲の中では初めて出てきましたね。ミャンマーの音楽の特徴として、さっき言い忘れたんですけど、一つの曲の中でテンポの伸縮が結構あるんですよ。で、それを西洋の記譜法に無理矢理変換すると、一番近いのがリタルダンドやフェルマータなんです。なので、楽曲的にはそれを使いました。
– 片山さんの方では、これはミャンマー音楽の要素が入っています、みたいな説明はあったんですか?
K:ありましたよ、この曲と「プエドー」に関しては、その意味とか理由とか、技の感じとかは教わりました。
– やってみると今までの曲と違うなという部分はありましたか?
K:フェルマータとかリタルダンドとか、それは確かに今までのte_riには、あっても良かったのになかったなと、びっくりしたところがあります。あと、メロディや曲構成がかなりポップな仕上がりなんですよ。
– そうですよね。
K:無茶なリズムを「おりゃおりゃ!」と詰めたというよりは、結構いい匂いがしている時間が長いというか(笑)、心地よい曲になっているなと。2曲ともそうなんですが、意外とポップな仕上がりで、僕は嬉しいなと思っています。
M:確かにこの曲はそんなにバグは使ってないですね。ミャンマーらしさを生かすというか、取り入れるのが一番大事なポイントだったので、それ以外の部分は割と削いだ感じはします。あとリタルダンドとか、ロックバンドがやっていいんだ!と思いましたね(笑)。全然アリなんだ、みんなやりなよと。
K:わりかし普通なドラムを叩けたのが僕は結構嬉しい(笑)。普通の8ビートっぽいのを叩いちゃったりしてるので。そこに僕は新鮮さを感じてて、新しいte_riだなと。そこもオッケーだったらほんまに何やってもいいなって、ちょっと改めて思いました。
– では次の曲、「シュガーレス」というタイトルがついてます。
M:この曲はもともとギターソロ用に作った曲なんですよ。それをte_ri用にリアレンジしました。
– パッと楽譜を拝見して目につくのは、1段目の右端がはみ出てるところ(図2)。これもバグ狙いでこういう形になってるわけですか。
M: 桁落ちしましたね。1段目は付点をマシマシにしてるんです。
K: ラーメン屋か(笑)。
M:4小節目は全部に付点を入れていて、だから結果的に押し出していますね。
– ああ、そういうことか、なるほど。
M:そうすると次の小節とすごく距離が縮まって、再生ボタンを押した時につんのめった感じになります、距離が近すぎて。間延びの直後につんのめる。
– 割とこういうのはバグの基本みたいな感じですかね。
M:でも、ここまで付点を多くしたのはこの曲が初めてですね。付点をこの曲では多めに使ってみようというのが、念頭にあったと思います。例えば構成番号Dだと休符にまで付点をつけてます、やりすぎですね(笑)。こうやって間延びをさせると、基本のBPMよりもギアがローに入るので、伸縮性という意味で面白いです。付点を入れるだけで景色が変わるというか。
– ではその次が「シンメトリー」というタイトルですけども。譜面上、何かが対照になってたりするんでしょうか。
M:これはめちゃくちゃバグ使ってるんですよ。楽譜がこれです(図3)。te_riの楽譜には、どこにどう入力したらこうなったかというメモが文字情報として結構ありまして、これが他の曲に比べて1.5倍くらいあるんです。
– 確かにこの、1ページの2段目とかすごいですね。
M:できるだけこの曲はありえない不可思議なリズムを追求したくて、入力順とかも研究しましたね。目的のリズムになるように、例えばA-B-Cという順番のものでも、A-C-Bという順番で入力したらそっちの方が良かったとか。楽譜って普通は左から右にオタマジャクシを書いていくじゃないですか。
– はい。
M:でも、バグのためならこの順番すら変えることも厭わない。だから詰将棋なんですよ、これ。何手先を読む、という。
– こうやって書くとこういうバグが起きそうだぞ、なんてことを想定できるようになってきてたりします?
M:だいたいそうですね。でもこの辺からたまにバグをやりすぎてソフトウェアが強制終了するようになってきて。
K:嫌われてますやん(笑)。
M:それが「使えないバグ」なんですよ。使えないバグには2種類あって、入力したけれども思ったよりカッコよくならなかったから却下というのと、シャットダウンしちゃうくらいのバグ。この曲の時は後者の方がありましたね。それくらい入力に集中してました。どこまで入力でパソコンはやってくれるんだっていう。
– 片山さん的にはこういう楽譜をもらった時には……。
K:意味わからないですよね(笑)。初見でこれ見て「どうぞ!」で演奏してみてって言われても譜面だけでは到底無理。なのでmidiで聞いたとしても譜面と音の情報を統制していくのが非常に大変ですし。ドラム譜もない……あっても困るとは思うんですよ(笑)。そんなに、いわゆる勉強して上がってきた子じゃないので。
– このノリでドラム譜を書かれれば、ちゃんと勉強した人でも困ると思います。
K:いずれにせよ、これを聞いて新しい世界を自分で作っていくみたいな、それはそれで、ものすごく楽しい。「ここにこれ絶対入れたい!」みたいに勝手に一人でテンション上がったり、それで却下された時は「ああ……そうですか……」と。
M:(笑)。楽譜の2枚目の2段目の2〜3小節目、文字情報の前にそれぞれ「1」とか「2」とか「3」とか番号を振ってますよね。これが入力順なんです。「1→3→2」となっている。これが詰将棋ですね。で、「4」のところの説明が、「つまる&はねる&おばけ」。
K:新しい音楽のジャンルみたいになってますね(笑)。
M:酷いですよね(笑)。まあここまではやりました。一番行っちゃってる曲ですね。
– バグを極めたみたいな。では続けて「姉妹都市」。
M:これはエキゾチックな感じを出そうというのが念頭にありました。なので、冒頭のフレーズは中国っぽい感じにしてます。逆に言うと中国らしいのは冒頭だけですけど(笑)。前のアルバムでやっていた「パンダが街にやってきた」という曲も中国感を出したやつなので、中国らしい曲第二弾ですね。
– 楽譜の2ページ目に行くと音符の詰まり方がすごいことになってますが。
M:この詰まっている箇所はドラムがオープンな箇所なんですよ。つまりドラムはアドリブ。
K:この曲に関しては、ドラムは頭は狙うけども間のグルーヴはゆっくりからだんだん速くなったり、逆に速いのからゆっくりになって、でも頭は次で合っているとか、伸び縮みしてます。
– ドラムがアドリブのパートを含む曲というのはちょくちょくあるんですか?
M:あ、それは基本的に各曲必ずあります。オープンの箇所は構成番号1つ、どの曲でも用意してますね。そこに差し掛かったら、ドラムはジャズのアドリブみたいにやってくださいという風に指示してます。
– それはライブの時は毎回違うという意味でのアドリブ、ですよね。一回アドリブで叩いてみて、その後はそれを再現するというようなことではなく。
K:ライブの時も練習の時も毎回違います。全く同じ演奏はない。自分が一番試されてる時間なので、いつも戦ってます(笑)。決まってるところは完全に作ったフレーズを叩きますけど、自由なパートが始まりましたよ、という時間からは叩くも叩かないも自由なので。
– ギターに関してもそういうアドリブのパートってあるんですか?
M:ギターは全くないです。そのオープンの箇所について付け加えますと、リズム楽器とメロディー楽器を、その箇所だけ2人の間で逆転させているというイメージなんですね。普通ドラムがリズムを担って、ギターがメロディーを担うのが、バンドでの一般的な状況ですよね。でもドラムにだって音階はあって、ギターだってリズムを担うことができる。ジャズのアドリブってサックスとかピアノが、サッカーでいうとフォワードみたいにアドリブをやるじゃないですか。あれをギターとドラムだけで、ドラムがフォワードになる形でやってみようというところから発想しています。なので、メロディー楽器としてトップノートを取ってくれというようなリクエストの方が強いですね。ギターがボトムを担うので。
– ギターがリズムキープをすると。では次の「野生の数学」。譜面上に「ABを入力。Aに対し[16符音符2つを16符音符4つ分に入れる]と入力。するとABABと繰り返されるバグ発生。」とか「CDを入力。Cに対し[16符音符2つを16符音符6つ分に入れる]と入力。するとCDCDCDと繰り返されるバグ発生。」とかありますが。スピーカーのフィードバック的な、ぐるぐる回っちゃうようなバグが起きるイメージですか。
M:再生ボタンを押すと、例えば「AB」に関してはオタマジャクシ自体はAとBの二つしか書いてないんですが、なぜかこの位置におくと、再生ボタンを押すとABABって増殖して聞こえるんです。CとDしか書いてないのに「CDCDCD」となって。
– あ、延々繰り返しちゃうのではないんですね。
M:そうなんです、この回数しか鳴らないんです。それを耳コピして演奏しました。
– 譜面と同じ音が鳴ってるわけではないと。
M:midiが一番の正解ですね。ややこしいですけど。
– 演奏する上で直接に参照するのはmidiということですね。
M:だから対バンとかに楽譜見せるとギョッとしますね(笑)。この曲はゆっくりだし比較的シンプルな曲構成ですけども、使ってるバグもシンプルだけど辛口なバグを使ってます。Cのところ、「ABCDそれぞれに「8分2拍を16分5拍分に入れる」と入力。」というところも、再生ボタンを押すとなんじゃこれ?っていう、スットコドッコイなリズムになります。
K:ほんまにここ、読み込めなかったな(笑)、何やってんの?っていう。
M:人間味がないリズムというか。
K:ないない、人が奏でたいと思うようなリズムではない(笑)。メロディーはまだ良しとしても、リズムはほんまに意味がわからない。
M:現代音楽みたいですね。
– 現代音楽でこういう技法の人っていないんですかね。
M:いますね、クセナキスとか。あと、現代音楽で一番影響を受けたのは(コンロン・)ナンカロウという人です。ザッパのお父さんみたいな。ナンカロウは楽譜を取り寄せて研究しました。彼の楽譜も小節線をいかにセオリーじゃない方法でまたぐかっていうことに結構心血を注いでいて、その辺はすごく影響を受けましたね。フレーズを小節線と関係なくズラすという。
Iannis Xenakis
https://www.youtube.com/watch?v=TXft5X61odo
Conlon Nancarrow
https://www.youtube.com/watch?v=LFz2lCEkjFk
– 次が「プエドー」(図4)。こちらはミャンマーの手法に加えてバグも取り込んでいる感じですかね。
M:バグも取り込んでますけど、他の楽譜と比べるとすっきりしてますね。そこはミャンマーらしさを保つためにバランスをとりました。ただ、この曲はミャンマーのアプローチを最初に取り入れた「1月の熱帯夜」に比べると、ジャズのアプローチがちょっと増してます。例えば冒頭Aの部分を見ますと、2拍目がそれぞれルート、根音と決まってるんです。この辺はミャンマーのフレーズの特徴的なところです。しかも一小節と二小節目ではそれぞれ違うんですが、いずれもジャズの音階を使ってます。という風に、より方法論としてまとまっています。
– なるほど。
M:あと、Dの頭のフレーズとかも、ここは2小節にわたって根音が一直線になってますね。その辺もミャンマーのものですね。
– はい、では次が「空から降る粉々のピアノ」。
M:これも元々は僕がギターソロ用に作ったものですね。それを二人用にリアレンジしました。
– 楽譜の冒頭にいきなりいろいろ書いてありますね(図5)。
M:そうですね(笑)。これもバグ発見月間みたいな頃ですね、例えば2段目3小節目の一拍目、ちょうどBと書いてあるところ。ここは音符が近づきすぎて重なっちゃってます。『AKIRA』でこういうコマあったなっていう(笑)。
– ああ、「ドンッ」ってやつ。
M:ここは頑張りましたね。あと楽譜2枚目の2段目。一小節がこの小節だけやたらでかいという。
– 一段の4分の3くらいが一小節になってますね。
M:そこもバグを詰め込みすぎてそうなりました。
– 「この範囲に音符を入力するとAの場所に飛ぶ。」とありますけど。
M:この場所に音符を入力するとその小節の前半部分にジャンプしちゃうんです。バグを入れすぎた結果だと思うんですよ。そのメモですね。
– ああ、ここには入れちゃダメっていう意味で書いてあるんですね。バグ探しをずっとやっていくと、違うソフトを使えば違うバグが現れるんじゃないか、という発想には行きませんか?
M:あー、最初は考えていましたけども、最初だけですね。結局他のソフトウェアでもいろいろバグは出てくるでしょうけども、そこを比較し合っても、あんまり意味がないんじゃないかなと。そこに重きをおくよりは、まずはこのソフトウェア、「フィナーレ」というんですけれども、まずはこれを洗いざらいしていく方がいいんじゃないかなという気がして。今振り返っても、そっちの選択でよかったかなと思います。
– でも、やっていくうちに、そのバグの出方も見慣れてきちゃうみたいなことはあるんじゃないですか。
M:でも要は組み合わせなんですよ。確かにこういう入力をしたらこういうバグが来るという法則がだんだん見えてはきます。でも、Aという見慣れた法則と、Bという見慣れた法則をミクスチャーさせるとまた面白いんですね。それは未だにやってて飽きないです。だから、個々に面白い部品を作って、それをハイブリッドさせるというのは未だにやってますし、十分それで魅力的なものはまだまだ作れてます。
– ちなみにバグを利用してみようと思ったきっかけみたいなものはあるんですか?
M: きっかけは、それこそナンカロウですね。ナンカロウより前のお手本はティポグラフィカだったんですけども、ティポグラフィカはバグは使っていなくて、シーケンサーでできる限りの細かさでデモテープとかを今堀さんが作ってたんだと思うんですね。で、ティポに影響を受けていた時期のライブで、ある時お客さんから「ナンカロウ好きですか?」って聞かれたんですよ。
– ほう。
M:その時は知らなかったので、「それは誰ですか?」と聞いたら、ぜひ聞いてみてくださいと言われて。そこからナンカロウの楽譜を研究し出してから、その頃はまだパソコンは使っていなかったんですけども、小節線を超えるというところで影響を受けて。自分なりに小節線をいかに超えるかということは、バグっていう手法で解決しましたね。
– トリッキーな記譜みたいなことですかね。
M:そうですね。あとバグっていう意味ではゲームから影響を受けました。もっと具体的にいうと、一時期流行った改造マリオ。今は任天堂がオフィシャルで出してるんですけど、「マリオメーカー」といって、スーパーマリオの一つ一つのコースをプレイヤーが敵だったりブロックだったりを好き勝手に配置できる。無茶苦茶難しいコースとか自分で作れるんですよね。それをYouTubeとかニコニコ動画で見てて、そこらへんの「マシーン対人」みたいな……もちろんマシーンの裏には人がいるんですけど、マシーンが出題してきた難題を人間が努力で解決するということは、te_riの作曲では影響を受けました。
– なるほど。じゃあ最後の曲、「あの子は移民の歌」。
M:これはタイトルに由来があるんですよ、冒頭のギターのフレーズとドラムのフレーズがそれぞれ●●の曲っぽいというところからとってるんですね。ドラムはツェッペリンの「移民の歌」の冒頭。ギターは、これ誰でしたっけ?「あの子は〜」っていう。
K:浅田美代子さん。
M:「赤い風船」っていう。浅田美代子の曲のAメロがこれっぽいんですよ。僕らタイトルは毎回適当につけるので、この曲どうしようかという時に、その2曲から「勝手にシンドバット」方式で合体させちゃおうと。すっげえくだらないです(笑)。僕ら基本的にタイトルに意味をそこまで押し付けたくない派で。
Led Zeppelin
https://www.youtube.com/watch?v=RlNhD0oS5pk
浅田美代子
https://www.youtube.com/watch?v=frDxvt7kUmE
– 植村昌弘さんのMumuだと、番号とか日付が曲名になってたりしますけど、そこまでやりたくはないですか。
M:まあキャッチコピーくらいでいいかなっていう。
K: 一応メンバーとの共通言語として、あった方がいいかな。聞いてくれてる人との共通言語としても、お客さんもやっぱり「今日は『美しき誤訳』が聞けてよかったです」とか言ってくれることもありますし。さすがに日付はだいぶドライですよね(笑)。
M:植村さんのもわかりますけども、あそこまでは僕らはできないです(笑)。この曲も結構バグは使ってまして、例えば3連符をめちゃくちゃ使ってますね。
K:これも腑に落ちないリズムですよね、どこにも行かないリズム。
M:コンピュータでやると不可思議なリズムなんですけども、これを人力というかアンサンブルでやると肉体性が付与されるので、そこが面白いですね。
– 確かに、人力ドラムンベースみたいなのも昔たくさんいましたし、先ほどの新世代ジャズの話なんかもそうですけど、「機械だからできる表現」と思われていることを頑張って人力で演奏することでまた違った面白さが出るみたいなことは、あると思います。
M:ディーヴォだってあんなに肉体性があるじゃないですか。コンピュータとプレイヤーの関係というのは結構トータルでこのバンドをやる上では鍵にはなっています。
K:midiは完璧は答えを出してくれますけど、人間が求心して表現しているものは絶対midiではできないんです。その美味しさに関しては人間ならではの良さが、te_riというバンドを通して表現できてるんじゃないかなと思いますね。midiの通りに演奏できる均衡のとれた人間たちが演奏したら、それはそれで再現力は上手ですけど、でも表現力については足らないかなと。te_riはそこを超えていくものをいつも乗っけて伝えていけてる気がします。[:]