盛岡”周縁”音楽史-序文

 2018年10月4日午後10時、私は高揚する頭のまま車を走らせ、盛岡から花巻へと帰路についていた。先程味わった興奮や熱気とは裏腹に、花巻へ向かう国道沿いには人の姿が無く、町は穏やかに眠っている。
 この日私はトゥバ共和国出身のヴォーカリスト、サインホ・ナムチラクのコンサートを見に行った。会場は盛岡にある、酒蔵を改装した公共施設「もりおか町家物語館・浜藤ホール」。以下は、コンサート当日にFacebookに書き残した感想だ。

今夜はサインホナムチラク+河崎純+三浦宏予を見に盛岡へ。立ち見が出るほど大盛況。地方都市でこれは凄い!
プログラムは二部制で1:全出演者による集団即興、2:サインホソロでうたもの(数曲川崎とデュオ)。ボーカルマイクが1本あるだけのほぼノーPA。仄暗い会場にサインホの生声が反響する。
悠久の歌声と技巧に長けた引き出しの多さに圧倒された。他に近しいものがあまり思い付かない。(カットアップの手法はキャシーバーベリアンを想起したけど、それくらい)
川崎が弓で空を切る瞬間が何度かあり、その姿と音に、彼の地の遊牧民を見た。


 「大盛況」とあるが、後日調べたところ観客数は77名だった。人口30万人ほどの地方都市・盛岡にあってこの人数は破格だ。私自身、これまで盛岡でライブや映画上映会などの自主企画を何度も主催してきたが、いつも集客には悩まされる。金銭的な負担と心労は毎回つきまとう。だからこそ「サインホで77人も来た」と言う事実に驚いた。

 では何故、サインホで77人も来たのか。それは金野吉晃が企画したからだ。金野吉晃はイベントオーガナイザー・演奏家・批評家と複数の顔を持つ、長年盛岡で音楽活動を続けるこの地の重要人物だ。古くは第五列のメンバーとして活動し、倉地久美夫の最初のレコード「死語を愛して」(GESOとのスプリット)をリリースした。

 盛岡にはノイズ~プログレ~即興~電子音楽と言った、決して主流ではない音楽のシーンが存在する。ある者は作曲をし、ある者はライブをし、ある者は音楽映画の上映会を企画し、ある者はツアーバンドを招聘する。その規模はおそらく40~50人だろうか。名簿も会員証も規則も無い、緩やかに繋がった音楽集団だ。そしてその中心人物が金野吉晃だ。

 この連載は、盛岡”周縁”音楽シーンに携わる複数の人物にインタビューを行い、その歴史や舞台裏を解き明かすものだ。「面白い人間がいればその町は面白くなる」とよく言うが、盛岡はその好例である。

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